気を散らすノート

色々と散った気をまとめておくところ.論文読んだり自分で遊んだりする.たぶん.

頭部 MRI を撮る時,重力で脳の形は変わってるのでは?

普通仰臥位でだけ撮るので,下向きにへしゃげるのでは???……という素朴な疑問にいくつか調べたこと.


脳は柔らかい

脳と重力に関連しては,血腫とかの話題と,無(低)重力にしばらくさらされる宇宙飛行士の脳の変化とかの話は時々引っかかる一方,ふつうの脳がどのくらい重力でひしゃげるかという情報は確かになかなか見当たりづらい.生体脳の柔らかさ自体は,とくに開頭術の文脈で興味を持たれており,音波と MRI を組み合わせた測定方法(Kruse, S. A., Rose, G. H., Glaser, K. J., Manduca, A., Felmlee, J. P., Jack, C. R., & Ehman, R. L. (2008). Magnetic resonance elastography of the brain. NeuroImage, 39(1), 231–237. https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2007.08.030 )等も行われており,実際かなり柔らかい.

具体的な脳の弾性率Eとしてはだいたい 10kPa のオーダで報告されているようで(Morin, F., Chabanas, M., Courtecuisse, H., & Payan, Y. (2017). Biomechanical Modeling of Brain Soft Tissues for Medical Applications. In Biomechanics of Living Organs (pp. 127–146). Elsevier. https://doi.org/10.1016/B978-0-12-804009-6.00006-7), 豆腐についての(脳と弾性が近いらしいというので豆腐のを測ってみた,というなんだかほのぼのした) 報告(堀川彬夫, & 土井章男. (2003). 脳の弾性モデルに対するヤング率の推定. 電気関係学会東北支部連合大会実行委員会. https://doi.org/10.11528/tsjc.2003.0.381.0)が案外ちゃんと良い線いってるようす.豆腐については超音波エコー的にも,脳含めた軟部組織とそこそこ近いかもしれないという噂もあるみたいで,案外バカにならないのだった(Wu, J. (2001). Tofu as a tissue-mimicking material. Ultrasound in Medicine & Biology, 27(9), 1297–1300. https://doi.org/10.1016/S0301-5629(01)00424-0).)

脳画像撮影のときに気にするべきか?

見当たる報告はこのあたり(いずれも流し読み).

  • image-guided surgery の文脈で重力の影響を調べた報告(脱水でも脳室容積変わるよねみたいな話があり面白い)Schnaudigel, S., Preul, C., Ugur, T., Mentzel, H. J., Witte, O. W., Tittgemeyer, M., & Hagemann, G. (2010). Positional brain deformation visualized with magnetic resonance morphometry. Neurosurgery, 66(2), 376–384; discussion 384. https://doi.org/10.1227/01.NEU.0000363704.74450.B4 は,自称ではこの手の評価としては初めてとのことだが,13人の被験者に4方向でMRIを撮らせてもらい, 前後方向では1mm前後のズレがあり,左右方向ではよりズレが大きいこと,大脳鎌などは直感通り,脳ひっかかりとして場所を固定するように機能していそうなこと等も報告されている.
  • 頭部外傷の機転の理解をモチベーションに,健常被験者30名に4つの体位でMRIを取らせてもらった報告(Monea, A. G., Verpoest, I., Vander Sloten, J., Van der Perre, G., Goffin, J., & Depreitere, B. (2012). Assessment of Relative Brain-Skull Motion in Quasistatic Circumstances by Magnetic Resonance Imaging. Journal of Neurotrauma, 29(13), 2305–2317. https://doi.org/10.1089/neu.2011.2271)では,脳実質と頭蓋骨の間で測って数mm~10mm程度までのずれがあるとされている(タイトルの quasistatic というのは,その体勢でじっとしてもらって,系に重力のみがかかっているような状態を指すと説明されてる).流し読みのままで適当なことをいうと,多分上の [Schnaudigel et al. 2010.] が多分脳自身に対する変位を見ているのに対してこちらは頭蓋を基準にしているのでずれが大きく出てそうに読める.
  • また関連して,仰臥位と腹臥位で後頭部の脳と頭蓋の間の脳脊髄液の層が3割ほど薄くなるため,脳波を測る際に後頭部優位律動の振幅が数倍異なって見えるという報告があって(Rice, J. K., Rorden, C., Little, J. S., & Parra, L. C. (2013). Subject position affects EEG magnitudes. NeuroImage, 64, 476–484. https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2012.09.041),これは今回の疑問に結構具体的なイメージを与えてくれる.

最近では慶應大が座位で撮れる CT を作って遊んでいる面白いことをやっているようで(歴史的には古くから発想はあったものの,CT が十分速く撮れるようになるのを待つ必要があったようなことも書いてある)

…というわけで,(1) 少なくとも数 mm 分は重力によって形が変わるっぽい,(2) 脳脊髄液の居場所にはもう少し影響がありそう,…というような話.あんまり radiology の文脈での文献が見当たらなかったのだが,実際パッと見た印象が実は重力で歪められてるみたいなことはないのだろうか.全部仰臥位なので,特に比較のときに間違うことはない(どれも同じ条件のため),とは思うけれども.