気を散らすノート

色々と散った気をまとめておくところ.論文読んだり自分で遊んだりする.たぶん.

(釉の)貫入についてしらべたこと

東洋陶磁美術館天目展 に行ってきた.前から行ってみたかったのだが,3年前の自分はもっと出不精だったし,最近はちょうど自分を誘う企画展に当たらずのびのびになっていたもの.企画展も常設展も大層よかった.あと大阪は思ったより近い.大阪は思ったより近い.

で,友人(もともと陶器に興味があったというわけでもなさそうなのに,話題に出たついでに巻き込まれてくれた,ありがたいことである)と,貫入とは,というか,貫入ってどうコントロールしうるのかみたいな話題がちらっと出て,調べたのの(まとまりない)メモ.図書館が中でゆっくり本を読むということができないのもあって,目についた論文とか報告をざっと見て並べるみたいな,まとまりの悪いのになりそうではある.

貫入とは

貫入 crazing っていうのは,焼き物の表面,釉薬のところにできる細かいひび割れのこと. 手元の広辞苑と精選日本国語大辞典はいずれも貫乳を主としていて,貫入のほか罅入(かにゅう)とも書かれる,とされる*1.ちょうどこんなのだ

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Daderot による.CC-0. See original
貫入: 釉薬に入る網の目状の細かいひび割れ
貫入.ひっくり返した σ みたいな割れが最初に入ったように見えて,そこは貫入と言っていいのか若干自信がない.写真は Tim Regan による,CC-BY. See flickr for the original image

英語の crazing はパターンになってない微細な欠陥も含めることもある*2ようで,単に glaze の crack pattern と称されることも多い.あと genuine craquellé という 用語も数カ所で見かけるのだがよくわからない.

貫入は味のある見どころとして評価の対象ともなる一方,焼き物の性質によっては審美的にもあまり歓迎されず(青磁とかそうなんだとおもう),また,瓦とかタイルとか,用途としてできるだけ回避したい焼き物も多く存在する. これのできる原理,どのようなコントロールが試みられているか,とか,そのへんのことを調べてみようと思います.

貫入のできる原理

基本的には,貫入は釉薬が下の素地に比して何らかの理由で収縮して,素地から引張張力を受け,これに耐えきれずひび割れが発生するもの.釉薬と素地の間の力については釉応力として様々な検討がされているが,例えば*3では貫入のあるもので10-500 kgf/cm2 と引張方向にあるのに対し,貫入のないものでは +200(引張)から -1100 (圧縮) kgf/cm2 の範囲にあり,後者でも引張方向の応力のあるものでは急冷等で貫入が発生したことを報告している.

最も重要かつ基本的なのは焼成後の冷却の際に釉薬と素地の熱膨張率の違い(釉のほうが熱膨張率が高い==冷却時により収縮する)によって割れが発生するもの.これは基本的には窯から出したときにすでにできているもので,焼成直後の冷却,5日程度ではさらなる釉にかかる収縮・応力の変化は殆どないとの報告*4がある一方で,Lahli 2015 (ibid.) を見ると焼成後数日-数週は微細な貫入が入っていくようだ.市井の anecdotal な言及にも,焼成後しばらく器から変な音がして不気味だった,というようなのが散見される. 罅はまず大きいものができてそれをつなぐ形で2次,3次の罅が入っていく,hierarchical なパターンになっていて,容易に想像できる通り自然界でよく見られる構造*5木構造を持った平面の分割としていい感じにモデル化できるという*6

貫入は階層的構造を持つ.
貫入は階層的構造を持つ.Lahlil et al. J Cul Herit 16, no. 4 (2015) より

熱膨張率差以外のより具体的な条件として,官窯・哥窯の焼き物をもとにした報告では,貫入は素地に対する釉薬の分厚さについて線形に細かくなり,ほかちょうどいい温度,酸化・還元炎の別等の影響が報告されている*7が,素地と釉薬の相互作用や相転移など関連する事象が多く,例えば釉応力と温度の関係だけでも複雑だったりして*8様々な素地・釉薬焼成の条件下に一般化できるシンプルな知見というのは難しいのだと思う.

逆に釉の熱膨張率が低くて発生する割れは shivering シバリングとか剥裂(稲田1978, ibid.) ないし釉飛び*9というようだが,貫入ほど一貫して用いられる用語ではなさそうに見える.

釉応力について

では実際この釉にはどんな応力がどのくらいかかっているのか? この案外直観的でない難題に対しては,いろいろな手法が試みられてきた.応力による変形から定量しようとするものでは,例えば円柱形の試料に施釉して焼成したのち釉の輪に切れ目を入れて収縮を測定するもの(Schurbcht-Pole のリング試験*10),概ねバイメタルの原理で測定するものなどなど*11. より洗練された方法として,応力に応じてガラスが複屈折性をもつ現象 (photoelasticity 光弾性) を用いるものが古くから試みられており,上で応力の測定値の例として上げた稲田1977 (ibid.) もこの系譜.

なお,ガラスはざっくりいうと引張より押しにだいぶ強いので,曲げ強度を上げるため強化ガラスと同様の原理で若干この圧縮応力を与えておくというのも知られていて*12,ほうろうの強度にもこの原理が働いているという*13. 類似で熱膨張率の異なる釉薬を重ねて強度を上げる提案もある*14

経年貫入

経年貫入 delayed crazing は,焼成直後の冷却によって生じる貫入(直接貫入 immediate crazing)と区別して,その後にじわっと発生するものののこと(大体年単位の話).ちなみに現物を確認できていないが,この分類は J. W. Mellor, ‘The Crazing and Peeling of Glazes’. Transactions of the Ceramic Society. Vol. XXXIV (1934). で提案されたものであるとのこと(用語としてはそれ以前からあったようだが). その原理は単に経年で…と思いきや,どうやら素地の吸湿吸水による膨張によるらしい.試料をオートクレーブ処理すること速やかに経年貫入への耐久性を評価することができ*15, (稲田1978, ibid.),これはJISなど各種規格でも採用されている. 素地と釉の適合を良くするとか色々のほか,素地の工夫も色々なされるようだ(例えばリサイクルも兼ねて古い瓦を砕いて混ぜて瓦を作るもの*16

余談の余談だが(そもそも記事全体が余談だけれども),タイルの貫入についてはむしろタイルを貼り付けるコンクリートの経時的な収縮でタイルが反ることが主因であるとの噂(素木1964, ibid.).

貫入を防ぐ

素地の膨張率は各種報告を眺めるとざっくり10-6-10-5/K のオーダのようだ. 上で色々関連する要素があると述べたが,それはともかく素地より若干低い熱膨張率を釉薬に持たせることができれば貫入耐性を上げることができ,色々な手段でこれが試みられてきた.組成を変えることが自明に試みられるけれど,どうやら釉をうまいこと結晶させるとか,いろいろな工夫があるっぽい.盲点というか,耐熱陶器は原理上当然熱膨張率がとても低い*17とか,そういう固有の事情も窺い知れる.とくに透明で光沢のある釉薬でこれを実現するのが結構難しいらしい.色々あって面白そうなのだが,だいぶ個別の話になってくるので一旦これでおいておきます.

きれいな貫入を作りたい

上記貫入の原理を踏まえれば,とりあえず原理的には釉薬の熱膨張率を上げればそれっぽくなるのでは?と思われる.

実際,素地と釉薬の熱膨張率の差のちょうどいい範囲というのがあり*18,その中で差が大きいと細かい貫入ができやすいとされ*19,実験的には古薩摩の細かい貫入を目標に,NaやKを増やした熱膨張率の高い釉薬で良好な結果を得られたという報告*20があるが,ここでは確実にある熱膨張率以外の要因については検討がほとんどされていない.

なおこの報告で微細な気泡が古薩摩の貫入の模様の複雑さを増すことに言及があり,上のLahli 2015 でも触れられているが,気泡も貫入や質感そのものを語る上で大事な要素.気泡は焼成過程で生地や釉薬から発生し,溶融時の釉薬の粘土が高いと残りやすいとされる(浅見1979 (ibid.)).

基本的には細かさベースの話が多く,パターンの発展を制御するみたいな話は見つからなかった.

パターンとしての貫入

貫入みたいなひび割れ模様をコンピュータ上で作る系の話題.色々あるが,見た中で面白そうだったのは

  • メッシュを作ってその中での応力テンソルをベースにしたモデル化で,板ガラスに衝撃を与えたもの,木材,乾いた泥等ひび割れをシミュレートするもの*21.陶器においては uniform shrinkage of the object を加えていい感じの作例を得られている.
  • 物体表面での cellular automata ベースのもの *22

参考文献

  • 浅見 薫.「陶磁器釉薬(うわぐすり) --- 特集 化学と文化財」.化学教育27巻1号,pp. 28-36. (1979). DOI: 10.20665/kagakukyouiku.27.1_28 は貫入に限らず釉薬の発色,模様のでき方など関連する情報がよくまとまっていて初学者にも読みやすく面白い.
  • 稲田博. (1978). 陶磁器素地と釉の適合性について. 窯業協會誌, 86(1000), 571-580. doi: 10.2109/jcersj1950.86.1000_571. 貫入の制御についてはこれを読んでおけば良さそう感がある

その他一緒に引っかかってきたもの

  • Casasola, R., Rincón, J.M. & Romero, M. Glass–ceramic glazes for ceramic tiles: a review. J Mater Sci 47, 553–582 (2012). doi: 10.1007/s10853-011-5981-y. 普通のガラスは構造的に amorphous だが,それを特定の条件でうまく加熱・冷却等して結晶化 (実際には結晶核のできる nucleation と結晶の成長)させることで得られる glass–ceramics というものが 1950 年台に発見され,これをタイルの釉薬として使って更に良好な物性を獲得しようという話.

見知らぬジャンルの文献色々読むの疲れるけど,だんだん脳内が整理されて新しいのを読みやすくなるのは特有の面白みがある.またしばらくしたら整理し直すかもしれない. 今回なぜかたまたま貫入を入り口にしてしまったが,釉薬周りでそれ以上に気になることは色々あるので,そっちもそのうち見てみようかな.

*1:貫入は少なくとも地学で使われる用語で,こちらからの類推で陶器についてもこちらの表記を見ることが多いのかもしれない

*2:N. Bao, X. Ran, Z. Wu, Y. Xue and K. Wang, "Design of inspection system of glaze defect on the surface of ceramic pot based on machine vision," 2017 IEEE 2nd Information Technology, Networking, Electronic and Automation Control Conference (ITNEC), Chengdu, 2017, pp. 1486-1492, doi: 10.1109/ITNEC.2017.8285043.

*3:稲田 博.「陶磁器食器の貫入現象と釉中応力との関係,及び釉応力の迅速測定法について」.窯業協会誌 85 [10], 487-496, 1977. doi: 10.2109/jcersj.108.1261_S81.

*4:Mattyasovszky‐Zsolnay, L. (1946), I. DELAYED THERMAL CONTRACTION AND CRAZING OF CERAMIC GLAZES. Journal of the American Ceramic Society, 29: 200-203. doi:10.1111/j.1151-2916.1946.tb11580.x.

*5:Bohn, S., S. Douady, and Y. Couder. "Four sided domains in hierarchical space dividing patterns." Physical review letters 94, no. 5 (2005): 054503. doi:10.1103/PhysRevLett.94.054503.

*6:Bohn, S., L. Pauchard, and Y. Couder. "Hierarchical crack pattern as formed by successive domain divisions." Physical Review E 71, no. 4 (2005): 046214. doi: 10.1103/PhysRevE.71.046214.

*7:Lahlil, Sophia, Jiming Xu, and Weidong Li. "Influence of manufacturing parameters on the crackling process of ancient Chinese glazed ceramics." Journal of Cultural Heritage 16, no. 4 (2015): 401-412. doi: 10.1016/j.culher.2014.10.003

*8:稲田博. (1978). 陶磁器素地と釉の適合性について. 窯業協會誌, 86(1000), 571-580. doi: 10.2109/jcersj1950.86.1000_571.

*9:尾崎 義治.「セラミックス改質」.材料,40巻457号, p.p. 1253-1263 (1991). doi: 10.2472/jsms.40.1253

*10:Schurbcht, H. G., and G. R. Pole. "METHOD OF MEASURING STRAINS BETWEEN GLAZES AND CERAMIC BODIES 1." Journal of the American Ceramic Society 13, no. 6 (1930): 369-369. doi: 10.1111/j.1151-2916.1930.tb16286.x.

*11:素木 洋一.「セラミック外論 (46)」 窯業協會誌 72(819), C113-C117, 1964. doi:10.2109/jcersj1950.72.819_C113. 稲田1978 (ibid.) も.

*12:尾崎1991 (ibid.) のほか,例えば小林雄一, 大平修, 大橋康男, & 加藤悦朗. (1990). 高強度磁器素地の曲げ強度に及ぼす施釉の効果. 日本セラミックス協会学術論文誌, 98(1137), 504-509. doi: 10.2109/jcersj.98.504.ほか土岐市陶磁器試験場・セラテクノ土岐の記事

*13:中村 正也.「ほうろうの話」.金属表面技術現場パンフレット,16巻2号 (1969). doi:10.4139/sfj1954.16.2_8

*14:堤靖幸.積層印刷技術を利用した機能性釉薬の研究.佐賀県窯業技術センター平成27年度研究報告書・支援事業報告書.URL, PDF, 2013年の先行報告

*15:Mills, R. G. "THE USE OF THE AUTOCLAVE IN TESTING CERAMIC PRODUCTS FOR RESISTANCE TO CRAZING 1." Journal of the American Ceramic Society 13, no. 12 (1930): 903-914. doi: 10.1111/j.1151-2916.1930.tb16255.x. '...with particular reference to that type of crazing known as "delayed"...'

*16:星幸二,榊原一彦,深澤正芳,山田義和.「廃棄瓦シャモットを主原料とした粘土瓦の開発」 愛知県産業技術研究所研究報告 5 (2006): 112-115. URL: http://www.aichi-inst.jp/tokoname/research/report/tokoname_2006_06.pdf.

*17:岡本康男.「耐熱陶器に対応した無貫入光沢釉の開発」 三重県工業研究所研究報告 38 (2014).

*18:Plesingerova, Beatrice, and Miriam Kovalcikova. "Influence of the thermal expansion mismatch between body and glaze on the crack density of glazed ceramics." Ceramics-Silikaty 47, no. 3 (2003): 100-107. URL: http://www.ceramics-silikaty.cz/index.php?page=cs_detail_doi&id=662.

*19:浅見 薫.「陶磁器釉薬(うわぐすり) --- 特集 化学と文化財」.化学教育27巻1号,pp. 28-36. (1979). DOI: 10.20665/kagakukyouiku.27.1_28

*20:桑原田聡,澤崎ひとみ,寺尾剛. 古薩摩の微細貫入釉薬に関する研究. 鹿児島県工業技術センター研究報告 16, 11-16 (2002), URL, PDF.

*21:Iben, Hayley N., and James F. O’brien. "Generating surface crack patterns." Graphical Models 71, no. 6 (2009): 198-208. doi: 10.1016/j.gmod.2008.12.005

*22:Gobron, Stéphane, and Norishige Chiba. "Crack pattern simulation based on 3D surface cellular automata." The Visual Computer 17, no. 5 (2001): 287-309. doi: 10.1007/s003710100099.