気を散らすノート

色々と散った気をまとめておくところ.論文読んだり自分で遊んだりする.たぶん.

The human connectome: a structural description of the human brain

自分 advent calendar 2019, 10日めの記事です. 本日は論文紹介.

Sporns, Olaf, Giulio Tononi, and Rolf Kötter. "The human connectome: a structural description of the human brain." PLoS computational biology 1, no. 4 (2005): e42. doi: 10.1371/journal.pcbi.0010042.

PLoS は神なので全文オープンアクセスの上,本文が CC-BY でライセンスされており,遠慮なく論文に沿うかたちで紹介をしていきます.(論文紹介系の記事でありがちな,ざっくりした翻訳+要約 みたいな構成で,書いてるひとの文章が主でないものって少なくとも理念的にはよろしくない気がしてるんだけど,どうなんですかね.)

どういう文脈の,どういう位置づけの文章なのか

脳の connectivity についてのお話.connectivity っていうのは,この文脈では「脳の各部位がどう(神経回路的に)繋がって仕事をしてるのか」っていうところで,genome になぞらえて connectome の用語が導入されています.

この論文自体は2005年,14年前という,まあこの(生物学とくに神経科学)ジャンルでは「結構古い」といってもいいところと思います.脳内の connectivity の概念,タイトルにあり,実はこの論文が提唱した用語であるらしい connectomeHuman Connectome Project のような大プロジェクトを経ながら順調にその存在感を増してきており,例えば引用の多いのを少し調べるだけでも 統合失調症 (2010年), ASD (2011年), うつ病の subtype (2016年) など疾患ごとの分析が行われたり,マウスの視床 (2016年) のような特定の部位について詳しい調査が行われたり,個人を識別できる (2015年) かもと言われたり,など,まあ要するに割と興味のある概念というわけです.この論文は,このジャンルの嚆矢とは言い難そうだけれど,黎明期に関連する概念を整理して connectome という一つの用語を提唱したもので,読んでおくと流れのすっきりした理解に繋がりそう.というわけで読んでいきます.以下,CC-BY に基づく実質 derivative work です.

connectivity?

The connection matrix of the human brain (the human “connectome”) represents an indispensable foundation for basic and applied neurobiological research. ... We propose a research strategy to achieve this goal,. and discuss its potential impact.

The purpose of this article is to discuss research strategies aimed at a comprehensive structural description of the network of elements and connections forming the human brain. We propose to call this dataset the human “connectome,”

CT や MRI によって,あるいは組織を直接調べることによって脳のことはすこしわかってきました.各葉の巨視的構造,微視的には細胞や細胞同士がどう解剖学的に働いてるか,というのを徐々に調べることができるようになっても,今ひとつやっぱり機能のことが捗らない(とまでは言ってない).ともかく,脳内のネットワークに注目して,どの部分がどう繋がってるかということに注目し,このデータセットを (遺伝情報の総体を genome と言うように) connectome と言おう,というはなし.狙いどころは機能的脳画像から得られるデータをメカニズムとして理解できるような機構ということになります(“...mechanistic interpretation of neuroimaging data is limited, in part due to a severe lack of information on the structure and dynamics of the networks that generate the observed activation patterns”).

なるほど全神経細胞の繋がりを調べるってことだね!(ぐるぐる目)

残念ながら我々は線虫ではない のでそれは現実的ではありません(2005年当時に20年経たずに線虫で実現するというのは,当時想定できたんだろうか).さらに,そういう微小なレベルについては,脳の極めて高い可塑性や個人差のことを考えれば,今回目標としている脳のシステムの包括的理解については不要な細部と言えるかも.ではある「神経細胞のカタマリ」とその間のコネクションについて知りたい…わけですが,じゃあこの「カタマリ」って,どのくらいのサイズを想定したらいいんでしょうか?神経細胞1個1個は明らかに well-defined な区切りだけど,その一群となると途端に曖昧になってきます.神経細胞10個で1グループ?

まずは巨視的なところから

実のところこれをどうすれば一番「うまく行く」のかはわかっていません.この論文から12年経った2017年時点でも,結局いろいろな問題を同時に解決する方法は現時点ではなさそう,と報告されています1.しかし巨視的な,解剖学的に区別できる region と,その間の結合を調べるというのはそこそこ良い妥協に思えます.実際,部位がクラスタ構造をとっていること,階層構造の存在,直接繋がってる部位は多くないが近場を経由すると概ねどこにでも行けること(small world),特定のモチーフが見られること,など様々な特性が(2005年当時でも)報告されていました.

ところで繋がりってどうやって見てるの?

特殊な染色を作ったり,マンガンを可視化するようなMRI の撮り方2をして吸引させた Mn で造影したり,といろいろありますが,ヒトではやはり diffusion tensor imaging の出番.親玉的な論文が多分これ3. 機能的な繋がりについては functional MRI とか脳波・脳磁図などで調べ(どことどこがどのようにともに興奮するか,どのようにともに変化するか),相関を調べることが出来ます.

つまりもうちょっと具体的には

ここから敷衍して,

Perhaps the most promising avenue... ...originates from the notion that individual brain regions maintain individual connection profiles. (強調筆者)

MRI の拡散テンソル画像をもとに神経線維の走行→ voxel ごとの繋がりを定量し,これのパターンを見ることで (i) 解剖学的に,神経の特定のグループとして同定できる部位の発見 と (ii) その機能の推定 をやっていけるといいよね,という議論が続きます.さらに上述した functional なデータを組み合わせて,機能的な接続を見出して行きたい.

その中ではどうなってる?

こうして同定された部位の中の接続もやっぱり気になります.解像度も上がってきてるしこういうのもそろそろ見ていけるかも. inter-areal にもクラスタがあるっぽいし,いくつか特異のパターンもありそうに見える.(ちょっと当時の見解が今どのくらい使えるのか微妙な部位な気がするのでここの詳細は省きます)

こうしてでかいスケールと小さいスケールを自由に行き来しながら接続というのを捉えていく,というイメージでいいのだと思う.

個人差とかあると思うけど…

ヒトゲノム=人間の全遺伝情報,も個体差を無視した概念だけどめっちゃ役に立ってる(し,ある種の抽象化の役目も果たす)ように,これもどうせ役に立つという論点,また個人差もあるけどそうじゃない同じところのほうがずっと強そうだよね,という話.また,morphology 的には結構多形があるのは知られてるので,これを乗り越えられるコーディングが必要だよね,というはなしになっています.

ステップ

  1. 拡散テンソル画像とかを使って voxel-wise に総当り的な structural connectivity matrix のデータを取ります
  2. 安静時・タスク時などの functional なデータを合わせ,相関を解析します.こうして voxel-wise に網羅的な functional connectivity のデータが得られます
  3. 1.で得た構造的なデータと2.で得た機能的なデータを合わせてクラスタ分析をします.一貫した共通を持ってある「部位」と思える場所を取り出すことを目標にします
  4. こうして得られたクラスタを,動物実験で知られてる脳の機能局在の様子と比較します
  5. (例えば脳の経頭蓋的刺激とかで)上記で得られたモデルによる予測の妥当性を評価します
  6. 健常者のデータを集めて統計的に調べたりします
  7. 組織学的に知られてる部位と比べて検討したりします
  8. 特定の疾患のあるデータと比較したりもできます!

まとめ

MRI で取れる神経線維の接続の様態と,functional な接続の情報とを組み合わせて connectivity の様子を調べたい.connection profiles を共有するような集団として神経細胞のグループを捉えることができて,その相互作用などから機能を推定することができる.各グループ内にも特定の構造が想定され,特定の接続のパターンを持って全体の構造に寄与している可能性がある.

脳の器質的評価という意味では最近各部の体積とかもアツいはアツいのですが,やや情報としてそこに本質は宿らないのでは感があります.部位同士の分業・協働の様子を理解する一助として非常に興味深い方法論で,現在もこれからもいろいろな報告が待たれるところです(個人的には,脳波とか脳磁図に可能性を感じているというか,とくに前者の進歩の遅さにイライラしています).

おしごとのある1日で論文を1本読むとこまではいいけどそれを記事にまとめるの,冷静に考えて無理.日付変更に1時間20分遅刻して筆を擱きます.


  1. Arslan, Salim, Sofia Ira Ktena, Antonios Makropoulos, Emma C. Robinson, Daniel Rueckert, and Sarah Parisot. “Human brain mapping: A systematic comparison of parcellation methods for the human cerebral cortex.” Neuroimage 170 (2018): 5-30. https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2017.04.014

  2. Ryu, Samuel, Stephen L. Brown, Andrew Kolozsvary, James R. Ewing, and Jae Ho Kim. “Noninvasive detection of radiation-induced optic neuropathy by manganese-enhanced MRI.” Radiation research 157, no. 5 (2002): 500-505. doi. げに MRI は反則的で,たとえば Na の可視化などが臨床応用を睨んでいます.

  3. Jones, Derek K., Andrew Simmons, Steve CR Williams, and Mark A. Horsfield. “Non‐invasive assessment of axonal fiber connectivity in the human brain via diffusion tensor MRI.” Magnetic Resonance in Medicine 42, no. 1 (1999): 37-41.