気を散らすノート

色々と散った気をまとめておくところ.論文読んだり自分で遊んだりする.たぶん.

あくびは伝染るし犬も欠ぶ

あくびって連用形っぽいなと思ったら「欠ぶ(あくぶ)」という動詞があるそうですね.

自分 advent calendar 19 日目の記事です.18日目は諸事情で遅刻します.それにしてももう19日目って流石に早すぎひん???

あくびは伝染る

あくびがうつる,というのは我々の経験からいってもめちゃくちゃ明らかなことではあるのですが,早くは1986年に(「あくびのことを考えてください」だけでも惹起されることなどと併せて)報告されています1.大学の1回生を集めて,5分間のあくび(30回)のビデオと笑い(30回)のビデオを見せると,前者では42人中23人があくびをし,後者では5/24人にのみ観察されたとのこと.実験の説明であくびの話は出てるから,それがなければもっと差が開いたかもね,と.また同様に,あくびに関する文章としゃっくりに関する文章を読ませて前者で(圧倒的に)あくびが多いことも報告しています.

こんな高級なことを起こすのは人間だけか?いえいえ,この現象はヒトに限らずサル,犬,ねずみ,インコ,ひつじ でも起こるしイヌはヒトから欠伸をうつされる (考えてみれば我々は明らかにイヌからあくびを貰います) などなどが知られていて,どうでもいいけどひつじのは実験のセッティングが面白いのですが,とにかく割と色んな所で見られる現象みたい.

このあくびの感染性が,何らかの社会性,とくに共感 empathy に関連する脳機能の現れではないかという発想は,直観的にもそれなりに自然なことと思われます.たとえば ASD (autism spectrum disorder) のひとでは見られないと報告されていて2,一般に近しい人ほど効果が強い3という報告があったり,みんな大好き fMRI で見るとみんな大好きミラーニューロンの活動と相関がある4という噂があったりして,この観点は支持されるようにも見えるのですが,また他方からは批判もあり(例えば単に集団内みんなで集中力を均等に保てるようにする機構なんじゃないかとか),一概にこれと納得するにはまだ早そうです.(なお,この社会性関連の研究の初めは上段の他の動物でも起こることが知られはじめるよりは少し早かったようで,まだ霊長類で起こりうることまでしか知られてなかったころの,従って高度な社会性を要求する事象だ,みたいなテンションの論文もいくつか見つかります.)

関連しておもしろい報告がありとくにこれを読んでくれるかもしれない某氏の興味を惹くかもしれないので書きます.まず人前ではあくびをしづらいというのがあります.で,このグループはまず (i) 室内にいる研究者 (ii) あなたのようすを撮影してるよ,とわかる装置 (iii) 君の方を向いてるけどオフになってるよ,とわかる撮影装置 がどう影響するかを調べ, (i) と (ii) ではあくびが抑制され(したいけどできない感は高まりうるにせよ), (iii) は影響がないらしいことを先行研究で報告しています. その上で,彼らは論文 Contagious Yawning in Virtual Reality Is Affected by Actual, but Not Simulated, Social Presence 5 (オープンアクセス) でヘッドマウントディスプレイを被って VR 空間に飛ばされた被験者のあくびを調べ,予定外にも (i) 被験者の視界にはいない(けど存在は知ってる),被験者のリアルワールドな体の回りにいる研究者の存在によって影響され,(ii) VR 空間上の被験者を撮影してるカメラやこっちみてる(動かない)アバターによっては影響されない ことを報告しています.(この報告は孔明にとってはショックだったのAA)

これ結果より切り口が面白くて,(著者も認めてる通り)部屋のセッティングとかVRの質とか,場合によってはそれこそVR内のアバターが知り合いかどうかとかで色々影響されうるし,この報告を敷衍する段階にはまだまだないんだろうと思うんですけど,なんかあくびにかかわらず心理的反応全般についてまさにこれから成熟していく観点/方法論だと思ってわくわくします.

あくびの役割

あくびは少なくとも眠いとき,長く退屈して集中力を切らしたようなときに起きやすいのは確定的に明らか.ではその機能は,ということになると様々な噂がありますが,多分一番流布されているのは「二酸化炭素が増えると(酸素不足だと)」出る,というものです.口を大きく空け,深い呼吸をする,というあくびの性質からはもっともっぽい.ところが二酸化炭素 3-5%, 酸素100%の吸入などで影響されないという報告があり6,今のところどちらかというとこれでは説明し難いかもしれない雰囲気です.類似するがちょっと違う仮説に,あくびの顎の動きで二酸化炭素とかの受容体を持ってる carotid body に機械的刺激を与えるのでは7というのがあるみたい.

もう一つの,そして意外性のある仮説は「脳を冷やしているのでは」というもの.脳に行く血管を外気で冷やすのに加え,顔面筋などの収縮で血流動態的にも脳が冷えるのはたしからしい.鼻呼吸(明日から使える知識)や前額部の冷却であくびの発生を抑えることができることや8,頸動脈の温度を直接的に上げ下げすると,下げると劇的に欠伸は減少し,上げると別に増えはしないことが報告されています9.上げてあくびの回数が増えないのは「それでは代償しきれないからでは」とか,直観的にそら頭冷やしたらシャキッとするでしょみたいな観察もあり(それはそれで不思議だが),どこまで字義通りに捉えていいかは微妙で,個人的にはどっちかというと2次的な効果なのではという気がします.一方で,多発性硬化症のような神経疾患をはじめ色々な疾患と(生)欠伸の関連はこれまでも知られてきたが,体温調節機能の障害から来ると思えば一元的に理解できるかもという観点があり10,そう思ってみると色々おもしろそうです.熱中症も重要な症状のひとつに「生あくび」が挙げられるのも想起できます.

なぜこの話を後に持ってきたか? それは,これら実験的にあくびの回数を調べる実験で(上記VRを含め),「あくびの映像を魅せてあくびを被験者にうつす」というのが頻繁に利用されているからです.例えば上記の頸動脈の温度を変える論文では,

Following the five-minute manipulation, participants in the study removed their temperature pack and immediately viewed a 63-s video depicting a random series of nine individuals yawning [...]

とあり,あくびの生理学的機序を調べるにあたって,大真面目に我々の普段実感するあくびがうつるという事実が応用されてる,というのは,ちょっと面白い感じがします.


  1. Provine, Robert R. “Yawning as a stereotyped action pattern and releasing stimulus.” Ethology 72, no. 2 (1986): 109-122. doi: doi.org/10.1111/asj.12681

  2. Senju, Atsushi, Makiko Maeda, Yukiko Kikuchi, Toshikazu Hasegawa, Yoshikuni Tojo, and Hiroo Osanai. “Absence of contagious yawning in children with autism spectrum disorder.” Biology letters 3, no. 6 (2007): 706-708. doi: 10.1098/rsbl.2007.0337

  3. Norscia, Ivan, and Elisabetta Palagi. “Yawn contagion and empathy in Homo sapiens.” PloS one 6, no. 12 (2011): e28472. doi: 10.1371/journal.pone.0028472

  4. Haker, Helene, Wolfram Kawohl, Uwe Herwig, and Wulf Rössler. “Mirror neuron activity during contagious yawning—an fMRI study.” Brain imaging and behavior 7, no. 1 (2013): 28-34. doi: 10.1007/s11682-012-9189-9

  5. Gallup, Andrew C., Daniil Vasilyev, Nicola Anderson, and Alan Kingstone. “Contagious yawning in virtual reality is affected by actual, but not simulated, social presence.” Scientific reports 9, no. 1 (2019): 294. ここ からフリーで読めます

  6. Provine, R. R., Tate, B. C., & Geldmacher, L. L. (1987). Yawning: no effect of 3–5% CO2, 100% O2, and exercise. Behavioral and Neural Biology, 48(3), 382-393. https://doi.org/10.1016/S0163-1047(87)90944-7

  7. Matikainen, Jorma, and Hannu Elo. “Does yawning increase arousal through mechanical stimulation of the carotid body?.” Medical hypotheses 70, no. 3 (2008): 488-492. doi: 10.1016/j.mehy.2007.06.027

  8. Gallup, Andrew C., and Gordon G. Gallup Jr. “Yawning as a brain cooling mechanism: nasal breathing and forehead cooling diminish the incidence of contagious yawning.” Evolutionary Psychology 5.1 (2007): 147470490700500109. doi:10.1177/147470490700500109

  9. Ramirez, Valentina, et al. “Manipulating neck temperature alters contagious yawning in humans.” Physiology & behavior 207 (2019): 86-89. doi: 10.1016/j.physbeh.2019.04.016

  10. Gallup, Andrew C., and Gordon G. Gallup Jr. “Yawning and thermoregulation.” Physiology & behavior 95.1-2 (2008): 10-16. doi: 10.1016/j.physbeh.2008.05.003