気を散らすノート

色々と散った気をまとめておくところ.論文読んだり自分で遊んだりする.たぶん.

インフルエンザはなぜ冬に流行るのか?

いやあそれはねえ,気温も下がるし空気も乾燥するから….

自分 Advent Calendar 2019, 16日目の記事です.

沖縄の冬は“冬”なのか?

雑談しているとこんな話が出ました.「冬にインフルエンザにかかりやすいのは直観的にわかるとして, じゃあ南の方のヒトって相対的にインフルエンザに弱いの??インフルエンザの流行に南限ってあるんだっけ?」

沖縄とインフルエンザ

とりあえずなんとなく前提にしてる「沖縄でも冬にインフルエンザ多そう」を確かめてみましょう. 沖縄県のサイトに沖縄県感染症発生動向調査事業報告書 があり,直近の2017年の年報にそれらしいデータが載っています(3分割して載ってる1つめのファイルの,PDF 19枚目 (本文中ページ番号では12)).

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赤四角: 2017年,黒三角: 2016年,青実線: 過去5年の平均

第4-7週くらい,1月の末から2月に週あたり40人/定点くらいでピークを迎えることが見てとれます.

例えば京都の状況と比較してみましょう.こちらは府の感染症情報センターから.

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京都府感染症情報センターから (link.)
…ほぼ同時期に同じくらいのピークがあることがわかります.即ち,沖縄でも京都でも,インフルエンザは同様に冬場に季節性を もって流行するらしい,といえそうです.

沖縄はこの頃どのくらいの気温なのでしょうか?…気象庁によれば 1981-2010年の平年値で1月の日毎の気温を見ると,最高気温が19-20℃,最低気温が14-15℃となっていて, これは京都では(非常にざっくり言えば)10月くらいの気温1,インフルエンザはまだまだめずらしい時期にあたります.

上の2つの図を見比べて もうひとつ気になるのは,沖縄では夏にも,定点あたり5を切る程度ですが一定の患者数が見られるようだということです (これは知る限り本州では見られない傾向です). 2017年夏にアウトブレイクがあった一方2016年にはほとんど見られないことがわかり,これが平均の曲線に影響を与えているのは間違いありませんが, 雑に眺めたところ,どうやら沖縄では2017年に限らず数年おきに夏場の流行は繰り返されているようで(2019年夏も),下に見る通り鹿児島と比較しても特異な傾向と言えそうです2

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鹿児島県感染症情報 2019年第49週報より

  • 沖縄でも冬に季節性を持ってインフルンザの流行が起こる
  • 沖縄では夏でも流行が起こることがある

インフルエンザは冬には強い

じゃあまあ沖縄のことはさておき,寒い冬にはインフルエンザにかかりやすいってのはまあ,そうじゃないですか. それはどうしてだろう? …このジャンルで有名な報告が2007年の論文, “Influenza virus transmission is dependent on relative humidity and temperature3”. モルモットを,風を流した部屋に個別のケージで入れて(個体間の直接の接触はないように),風上に感染した個体を入れて伝播を調べたもの. 関連する他の報告も纏めた同じ著者の2014年の報告4によりまとまっていますが,

  • 湿度が低いほうが感染が起こりやすい.
    • 湿度が低い方がウイルスが空気中で安定する
      • おそらく,ウイルスを含む飛沫がいい感じに乾いて(飛沫核),安定するため
      • 湿度が高い条件では,飛沫中のタンパク質や塩類の濃度によりけりという噂で,高い湿度でもまた安定するという報告も見られる
    • 鼻腔等の表面が乾燥して,粘液が固くなり,繊毛の動きが妨げられる
  • 気温が低いほうが感染が起こりやすい.
    • 気温が低いほど,ウイルスの咽頭液への排出がおおい
      • タンパク質の発現を見たら,気温が低いからといって免疫反応が妨げられるわけではなさそう
    • 繊毛の動きやプロテアーゼの活性が落ちることは関連しそう
  • モルモット同士の直接の接触による感染については,気温も湿度もあまり関与しない

ここでいう「湿度」については,初めの実験では(また,飛沫の乾燥などを考える上では)相対湿度が取り入れられましたが, 一方 (i) 概して相対湿度は真夏より冬のほうが低い{世界的には},(ii) 暖房の入った部屋で変化しないのは絶対湿度の方, などの観察から最近絶対湿度もアツいらしい5

またある程度寒いと,寒さや乾燥そのものではなく,直前と比べた気温・湿度の低下のほうが影響が大きいという報告もあります6. つまり気温・(絶対)湿度が底に入るタイミングが一番感染が起こりやすいとの結果. これはもうちょっと調べれば日本での(たとえば)北海道と本州各地のタイミングについての考察につながるかもしれません.

それからそれから,ちょっとおもしろい切り口の報告7があり,これによれば中高緯度の地域では日光の紫外線によるインフルエンザの抑制が無視できないかもとのこと.北緯30度の地点でも,真夏は1日で10-5程度まで感染性が抑えられるのに対し,真冬ではせいぜい 10-1 程度.50度を超える地点でも夏なら 10-3 くらいまで抑えられるものが,真冬ではほとんど効果がない. 一方日光の効果については,ビタミンD合成のほうが関わってるんじゃないかという噂もあります.

正確な機序はともかく,インフルエンザが(我々が知ってるような)冬が得意,というのは間違いないようです.

熱帯地方でのインフルエンザ

一方,熱帯地方でのインフルエンザの流行は,中高緯度のそれほどはよく知られていないようです. 全体的な特徴として,熱帯地方では季節性がより弱く,通年で high background influenza activity が見られることが挙げられます8. 流行の時期は南北半球での流行の間の時期という言及の他,雨季に(つまり,上記の性質からは予期されない時期に)発生することも知られています.

ではこれはどうなってるのか…に正面から挑んだ論文の1つが Tamerius 20139 (これもオープンアクセス).

まず文献レビュー的なことをして集めた各地のデータ.Semi-annual=年2回の流行が,やはり熱帯っぽい気候の所に集積しているのが見て取れます.

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Tamerius 2013 から (Licensed under CC-0).
これと気候のデータを組み合わせて多変量解析を行って,結果は

  • 高緯度では気温が低く,湿度が低く,太陽の輻射の少ない時期に(予想通り!)
  • 低緯度(10度くらいまで)では湿度と降水の最も高い時期に

ピークが来るというもの.逆にこの2つのどちら側かで地図を塗り分けると綺麗に赤道直下に後者が集積します. 前者が当てはまるのは概ね湿度11-12g/kg, 気温18-21℃以下を経験するような地点(この点ではおそらく沖縄も当てはまります). 湿度・降水の多い時期に感染が増えうる理由についてはあまり多くは述べられていないのですが, 上記の湿度が高いとそれはそれでウイルスが安定するといううわさ,また高緯度地帯ではもっぱら飛沫核感染によるインフルエンザの伝播が, 低緯度では別の感染経路が主流になるのかもしれない,などと分析がされています.

ここで注意しておくべきことは,流行が始まるのに大きな感染力(曖昧な用語ですが)の増加は必要ないかもしれないということ. 条件が揃っていれば若干の増加が加速度的な感染者の増加をもたらし,一定のエピデミックにつながるというのは十分ありえることです. ブログ記事としてはここのシミュレートも面白そうだけどね.

  • 低緯度地帯では流行の様子が違う
  • 通年感染が起こりやすいほか,湿度・降水の高い季節の流行が特徴的

インフルエンザの地球規模の流れ

最後に,インフルエンザのウイルスは地球規模でどう旅をしてるのかという話.

Colin A. Russell et al. “The Global Circulation of Seasonal Influenza A (H3N2) Viruses.” Science 18 Apr 2008: Vol. 320, Issue 5874, pp. 340-346

これは2002年から2007年に世界各地で分離されたウイルスの株を遺伝子的に追跡し,時期と株の家系図からその経路を同定しようとした論文.毎年東アジア-東南アジアあたりに循環するインフルエンザの流行があって, これがまずオセアニア・北米・ヨーロッパへ伝播し,その後南アメリカに数カ月遅れて到達することが報告されています. おそらく現在のワクチンなどに使われる流行予測の基盤となったもの.

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The Global Circulation of Seasonal Influenza A (H3N2) Viruses. より

またこの論文では逆方向の流れは同定されず,つまり基本的には東南アジアを離れた株はそのまま流浪の果てに消滅…するんかどうかはわからんが, ともかく逆輸入はされないということが明らかになっています.

スペイン風邪は?)

これ精読したら面白そうなのですが,2008年と中途半端に古いのもあって,せっかく読むなら関連論文と併せてという感じがするため,一旦今日はこのくらいでとどめておきます.

まとめ

  • インフルエンザは冬に強い.より具体的には,低い湿度と気温が感染に好適であるらしい
  • しかし,熱帯・亜熱帯地方では通年感染が見られる傾向があり,流行の様相や原因も異なりそう
  • 沖縄で夏にも感染が見られるのはおそらくこの傾向による
  • 沖縄のような寒くもない冬にどうして季節性の流行が起こるのかははっきり調べがつかなかったが,疫学的にはそれが起こりうる程度には気温が下がってるっぽい
  • 地球規模で見れば,インフルエンザウイルスは東南アジア〜東アジアあたりでぐるぐると周り,それが北米やヨーロッパ,ついで南米に伝播していっているものらしい

17日0030: リンク修正


  1. 上旬で25/17℃くらい,下旬で20/10℃くらい

  2. この夏場の流行はB型かも? cf. doi: 10.1186/s12879-016-1978-0, オープンアクセス.

  3. Lowen, Anice C., Samira Mubareka, John Steel, and Peter Palese. “Influenza virus transmission is dependent on relative humidity and temperature.” PLoS pathogens 3, no. 10 (2007): e151. doi: 10.1371/journal.ppat.0030151 (オープンアクセス).

  4. Lowen, Anice C., and John Steel. “Roles of humidity and temperature in shaping influenza seasonality.” Journal of virology 88, no. 14 (2014): 7692-7695. doi: 10.1128/JVI.03544-13

  5. 日本の,沖縄を除いた解析で,流行の1週間前の絶対湿度から予測が可能という報告があります.

  6. Jaakkola, Kari, Annika Saukkoriipi, Jari Jokelainen, Raija Juvonen, Jaana Kauppila, Olli Vainio, Thedi Ziegler, Esa Rönkkö, Jouni JK Jaakkola, and Tiina M. Ikäheimo. “Decline in temperature and humidity increases the occurrence of influenza in cold climate.” Environmental Health 13, no. 1 (2014): 22 doi: 10.1186/1476-069X-13-22.

  7. Sagripanti, Jose‐Luis, and C. David Lytle. “Inactivation of influenza virus by solar radiation.” Photochemistry and photobiology 83, no. 5 (2007): 1278-1282. doi: 10.1111/j.1751-1097.2007.00177.x.

  8. Viboud, Cécile, Wladimir J. Alonso, and Lone Simonsen. “Influenza in tropical regions.” PLoS medicine 3, no. 4 (2006): e89. doi: 10.1371/journal.pmed.0030089. オープンアクセス.

  9. Tamerius, James D., Jeffrey Shaman, Wladimir J. Alonso, Kimberly Bloom-Feshbach, Christopher K. Uejio, Andrew Comrie, and Cécile Viboud. “Environmental predictors of seasonal influenza epidemics across temperate and tropical climates.” PLoS pathogens 9, no. 3 (2013): e1003194. doi: 10.1371/journal.ppat.1003194 .